〜日本文化のルネッサンスをめざす〜日本酒で乾杯推進会議
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100人委員会コラム
伏木亨氏伏木亨(ふしき とおる)氏
栄養学者。1953年生まれ。京都大学農学研究科教授、京都大学評議員。栄養学・動物行動科学・味覚・エネルギー代謝の分野で学術研究論文多数。一般書に『味覚と嗜好のサイエンス』(丸善出版)『コクと旨味の秘密』(新潮文庫)『人間は脳で食べている』(ちくま新書)などがある。

ネズミは辛口の酒がお気に召さない
 

 大学では多数のネズミを飼育している。味覚と食嗜好は私たちの研究室のテ ーマであり、ネズミの好みは興味深い。これまで様々な食品や飲料で実験してきたので、ネズミの好みはよくわかる。
 彼らは、実に栄養に忠実である。栄養素が豊富なものが好きで、身につかないものを欲しがることはない。ビールならオールモルト、コクがあって苦味が穏やかで、障り無く喉を通るものが好きである。担当の研究者や学生は、飲料を自分で一口飲んだだけで、ネズミが好む味かどうかがわかる。

 清酒に対してもネズミの好みは一貫している。辛口よりも甘口を好む。雑味の少ない優しい味で、人間が違和感なく喉を通るものがよい。
 ネズミの目前に2つずつ並べてたくさん飲む方を好きと推定する。飲み始めた初期に、吸い口を舐める速度を電気的に測定する方法もある。好きなものはがつがつ飲むからだ。彼らの好みはブレることがない。確固とした原理がある。
 ネズミの好む障りのないスムースな味わいというのは、最近の若い人たちの好みにも共通するように思う。特に、酒を飲んだ経験が浅い人たちは、優しい味を好む。ネズミの嗜好が人間と同じと考えているのではない。人間の好みは複雑だが、その一部がネズミと共通なのだ。条件によってはその部分が強調される。例えば、飲み慣れない飲料を飲む不安が高まっている場合の好みなどである。

 動物はいつも身の危険に怯えながら、食物を味見する。毒物を飲み込んだらおしまいだから吟味は真剣である。人間も初めて食べる食品に対しては臆病になる。ネズミが安心して飲めるタイプの清酒は、これから酒に親しもうとする人々にとっても安心なのであろう。
 いわゆる辛口の酒を与えると、ネズミの血中のケトン体濃度が上がる。つまり体脂肪を消費している証拠である。辛口の酒はネズミにとっては身を削る厳しい酒なのである。厳しい酒やクセのある酒のうまさは、酸いも甘いも噛み分けた大人の好みである。障りのない味から始めるのもよし。若い人には早く清酒に親しんで安心してもらいたい。

 
 
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